2012年7月27日金曜日

新サービス

医療ミス低減を目指している会社なのに、社長である私がやらかしてしまいました。

さて、皆さんが薬局で薬を処方されたとします、この場合、どう理解しますか?

朝  昼  夜
A薬 2   2  2
B薬 1   1  1
C薬 2   2  2

私は、朝なら、Aを2錠、Bを1錠、Cを2包 というふうに、飲んでいました。
で、一週間たつと、C薬が足りないことに気がついたのです。

C薬だけ、個数ではなく、グラム表示だった!!!

じっくり他の説明書きを読めば防げた事です。
でも、高熱でふらふらの私はよく読まなかった。
C薬は劇薬に近いもので、2日間、点滴。
その後、喘息がひどくなり、数ヶ月苦しみました。

私はいつも偉そうに言っています。
”使用方法を間違った人が悪い訳ではない、
間違いをおこさせる製品やパッケージに責任がある”と。

しかし、今回、私は自分を責めました。
恥ずかしい、人に言えない、間違ったのは自分が悪い、年のせいだ、
何でしっかり説明書を読まなかったのか。

この自分の恥ずかしい経験をもとに、新サービスを始める決心をしました。

説明書、食品パッケージ、パンフレットなど紙媒体に限った、見やすさUP 簡易プラン” です。
過去のデータベースを基に(大掛かりな実験、数値的なデータは無しです)、切り替えの早いパンフレットなどの見やすさ&印象 コンサルティングサービス。
簡易レポートで、デザインの問題点を指摘するプランです。

ただ、薬剤パッケージ(説明書きは除く)や製品デザイン等、実験検証が必要とされるものには、このサービスは行いません。

今朝の日経に掲載され、お問い合わせも多く頂いています。
使用方法を間違えば事故に繋がるメーカー様、
パンフレットをしっかり読んで頂く事で集客アップを図りたい、
ターゲット層(年代、性別等)に好まれる色展開を知りたい、
効果的なDMを作りたい など、予想もしなかった展開です。

今回の処方ミス(勘違い)は辛かったですが、自分は大丈夫だと思っていても、人間はミスをする生き物なのだと実感しました。

2012年7月19日木曜日

Happy birthday, my darling♩

我が愛する亀田パパ
(ご近所からは、ボクシングの亀田パパにそっくりと言われています 怒)、
じゃない、
涼平の6歳の誕生会を開きました♩(7月9日なのに、すっかり忘れとりましたっ! 本人、そんなことには気がつかず、プレゼントを前にして喜んでますが)
ケーキとシャンパンでお祝いです。
こんな笑顔、初めて見た(ちなみにシャンパンはおもちゃです)!

涼平は、世界で一番珍しいと言われるチャイニーズシャーペイです。
全身しわしわ。 闘犬、食用犬(ひどい!)のカテゴリー。

凶暴で、何度も本気で噛まれ、病院へ行くほど。
一度、寝ぼけた涼平が、寝ている私のベッドに突撃、馬乗り(犬なのに)になって、噛み付く事件が。
頸動脈、危なかったです。
相談した複数の医者から、アメリカだとbite level...(数字は忘れました)、即、殺処分だと。

そんな前科を持つ涼平ですが、最近は穏やかになりました。
今では完全なるストーカーです。
私の姿が見えなくなると、キャイン!と鳴き声を上げ、必死で探してくれます。
(ここだけの話、毎晩、寝る前にかくれんぼみたいなことやってます、隠れる場所は毎回カーテンなのに、探せない涼平。ヒマな二人です)

旅行にも行けないし、長時間の留守もできない。
でも家のドアを開けたら、変な顔をしたしわしわの犬が、涙のご対面!みたいに大喜びで迎えてくれて。
ご飯を作って(ドッグフードはアレルギーの涼平には合いませんでした)、散歩して、おもちゃで遊んで、そばで眠る。
そんな平凡な毎日の繰り返しですが。

愛犬家が増える一方で、不幸な犬も沢山いる現実。
小さい頃、
”悪い事したら、神様が見てるけんね。 必ずバチがあたるんよ” と言われて育ちました。
命ある弱い者(犬でも猫でも人間でも)を大事にしなければ、バチがあたる。
こんなに年をとっても、本気でそう思います。
報道されているいじめのニュースは辛いですね。
言語道断。
ただ、社会全体が弱い者いじめをしてるなあとも思う。
例の、お笑い芸人、不正受給の問題。
そりゃ、ほめられた事じゃないです。
でも、政治家までもが、実名を出して、得意げに、鬼の首をとったかのように、
正義を振りかざして糾弾する。
魔女狩りの世の中。
少し弱った人を見つけると徹底的に叩く世の中。
武士の情けはないんかい! と思う。

ドッグフードや高価な犬の洋服、おもちゃを買うと、売り上げの1%でもいいから、不幸な犬を救うために自動的に寄付できるような仕組みがあるといいのになあ。

赤ちゃんのころの涼平♩
う〜ん、今とは似ても似つかない。
これって、サギじゃん!!!

ん?私も誰かから言われたような記憶が....(汗)。

2012年6月10日日曜日

アンドレ

昨夜、NHKで井上陽水の特集をやっていました。
同じ福岡出身ということで、彼の歌を聴くと、どうしても故郷を思い出してしまう。
明るい曲でも、暗い何かが流れている気がする。

”いつのまにか少女は” という曲が一番好きです。
あと、題名はわからないけれど、
”遥かな、遥かな、見知らぬ国へ、一人で行く時は船の旅がいい”という曲。
若い人は知らないでしょうね(笑)。

私が子供だった頃、同居していた叔父(父の弟)に見合い話が持ち上がりました。

見合い相手の事を語る祖母の言葉が今でも鮮明に思い出されます。

”とても良いお嬢さんで、実家が歯医者さんで...,”
”でもねえ〜、その人のお兄さんがねえ、わけわからん人らしいんよねえ。
アンドレカンドレとかいう、歌い手らしいんよ。
それだけがちょっとね〜〜〜”

頭ぼさぼさ、反体制を叫び、ロックガンガン、子供の頭の中で、すっかり恐ろしげな人物像が出来上がっていました。

それっきりその話は経ち消えになり、叔父は別の人と結婚。
私もめまぐるしく変わる生活の中で、すっかり忘れていました。

大人になり、井上陽水の曲を聴きながら、レコードのジャケットに目を通していると、
ん? アンドレカンドレ.....忘れもしないアンドレ、恐ろしいロックンローラー!

うっそ!

運命のいたずら。
アンドレカンドレは井上陽水だった。
もしかしたら、今頃、私は一番いい席で、親戚枠で(そんなのあるのかっ??)、陽水のライブを聴いていたかもしれない。

おばあちゃんに苦情を言おうにも、もういない!!

2012年3月28日水曜日

カナダでの生活

結婚と同時にカナダで生活をすることになった。
夫がカナダ政府の奨学金を得る事が出来、博士号取得のため、トロントのヨーク大学へ留学する事に。
何だか、かっこよさげな話だが.......とんでもない貧乏生活の始まりだった(笑)。

夫は当時大学院生で、私も大学を卒業して少し働いただけ。
若いというのは本当に恐ろしい事で、なけなしのお金をにぎりしめ、4つのスーツケースのうち、ひとつにウエディングドレスをつめこんで(向こうで結婚式を挙げる方が安上がりという何とも夢のない話です).......仮に博士号を取得できたとしても、就職等、どうなるかわからないのに。
私の大学のゼミの先生には、本気で反対された(笑)。

飛行機が嫌いで、海外旅行なんて一度も行った事がなかった。
日本が一番だと思ってた。
そんな人間が、片道切符で、4年間トロントで生活をすることになったのだ。

生まれて初めて飛行機から見る”海外”は、緑と湖が圧倒的に多く、”あ〜日本とは何となく違うなあ”と。

毎月600ドルの奨学金のうち、400ドルが寮費(家賃&光熱費)に消える生活。
でも残りの200ドルでも、贅沢をしなければ、ちゃんと食べていけた。

日本はちょうどバブルの最盛期だったようだ。
旅行者、駐在員の方はとにかくお金持ちでびっくりすることの連続。
私はもちろん洋服も買えなかったし、1ドルのコーヒーすら我慢する生活。
でも不思議と辛く感じた事はなかった。

あの頃の貧しく、つつましい生活。
カナダで娘も生まれ、ますます貧乏生活が加速して行ったが、幸せだったな。
大学の敷地の中に寮があり、15階の部屋の窓から、娘と一緒に、夫が帰ってくるのを毎日見ていた。
夕食を食べて、3人で散歩する毎日。
敷地の中には小さな池があったり、リンゴの並木道があり、牧歌的な風景の中で過ごした4年間。

カナダは財政的に決して豊かではないのに、こうして留学生を受け入れ、娘にもカナダ国籍を与えてくれた。

もし今、一日だけ過去に戻れるとしたら、小さな娘を連れて、夕暮れの中、あの池のほとりを歩いてみたい。

日本にいる外国人、外国にいる日本人。
遠い故郷を思い、空を見上げている人がいるのかなあ。
あの頃の私がそうしていたように。

写真は、洋服を買えなかったため、娘のために編んだセーターです(時間だけはたっぷりあった)。
今じゃ、考えられない!不器用な人間でもやれば出来る(笑)♩

2012年3月17日土曜日

千葉元気印大賞奨励賞受賞

手帳にはさまれたぼろぼろの紙切れ。
何でもすぐに無くしてしまう私が珍しく二年以上も大切にしている紙切れだ。
そして多分、一生大切にする紙切れ。そこに書いている手書きの文字。

人に勝つビジネスよりも、人や社会に貢献するビジネスを
本当にやりたい事があるなら、自分のリスクで小さく産め
形はあるけれど、想いの無いハリボテは×
信用される会社に
社会に必要とされる会社である事
絶対にぶれない
欲には欲が集まってくる
強い信念
不安や恐怖を受け入れつつ、新しいチャレンジが出来る体制を築く

会社を作ったものの、ベンチャー認定が下りず、引き返そうか、前に進もうか、トンネルの中にいた時期に走り書きした言葉。
自分が考えた文もあるが、目や耳から入って来てストンと心に落ちた言葉。
ときどき、取り出しては読み返し、ほとんど暗記してしまった言葉。
あれから二年。ようやく会社も利益を上げるようになった今でも、しっくりくる。 

昨日、千葉元気印大賞の授賞式に出席してきました。
弊社はベンチャー部門の奨励賞を頂くことが出来ました。
大賞を含め、千葉県内の企業が12社、表彰されたのですが、弊社とは比較にならないほど立派な会社ばかりで、普段のふてぶてしさはどこへやら、会場で小さくなっておりました(笑)。大人の集まりに、ハナタレ幼稚園児が迷い込んだ....という感じ。
どの会社も素晴らしい技術力、サービスをお持ちで、元気な中小企業が日本を支えているのだなと実感したほどです。
頂いた賞に恥じる事のないよう、誠実に頑張って行こうと思いました。

副賞には千葉ロッテマリーンズのバルコニースイートでの観戦チケット(10名分)。
フェイスブックなどで友人に受賞を知らせたのですが、受賞を祝うコメントよりも、バルコニースイートに食い付いてくるヤツ(あ、失礼)、じゃなくて、友人ばかり。
勝手に日程を決めたり、対戦チームを指定してきたり。
すでに20人の友人が、様々な日程、様々な対戦カードで勝手にバルコニースイートでの観戦を妄想しているようです。10人しか、入れないんだってばっ!

妄想友人は自腹で観戦していただくことにして、今まで実験等で協力してくれた研究室の学生さんたちを連れて行こうと思います。
このように立派な賞と素晴らしい副賞、大きな励みになります。
関係者の皆様に心から感謝いたします。
本当にありがとうございました。

P.S. コメント欄の設定がよくわかっておらず、今、頂いていたコメントに気がつきました。本当に申し訳ありませんでした。これからもどしどしコメントください♩

2012年2月20日月曜日

ありがとう

”初めて自分一人で使えるリモコンと出会いました” 

ある視覚障害者からの言葉。

私は今まで何を考え、何を目にしていたんだろう。
そして私を含め、社会は何を追い求め、何を置き去りにしてきたんだろう。

目をつぶって、テレビのリモコンを触ってみる。

今まで生きてきて、リモコンで不自由な思いをしていらっしゃる方がいるとは、考えもしなかった。
ラクエア専用リモコン開発のお手伝いをさせていただいたからといって、製品の宣伝をするつもりじゃない。
”一人で使えるリモコン” は全盲の方にも使って頂けるリモコンだったんだ。

ラクエアのリモコンはダイヤル式だ。
タッチパネルが普及している今、一見、時代に逆行しているかのように見える。
先日、ある展示会で、タッチパネルのリモコンを見て、正直、まぶしく思えた。
おしゃれだなあ と。

でも冒頭の言葉で、それは吹き飛んだ。
同時に、スマートフォンが普及したら、視覚障害の方はどうすればいいんだろうと。

ビジネスは収益を上げてなんぼの世界。
ボランティアじゃない。
でも、お金儲けよりわくわくすることが確実にここにはある。

これからも困難にぶつかり、右往左往するだろう。
社会に認知されるにしたがって、批判を受ける事もあるかもしれない。

でも私は泣きべそをかきながらでも、絶対に前に進んで行けると思う。
私には夢がある。
そして、一緒に仕事をしている仲間、研究者たちの誠実さ、ひたむきさ、妥協を許さない厳しさを私が一番よくわかってるから。

起業を決意してから、もがき苦しんだ3年だった。

冒頭の言葉は、神様からのプレゼントかもしれない。
その言葉は、思い上がった私を謙虚にする。

ありがとう。

2012年2月11日土曜日

想いが形に

経営なんて全然わからない私が起業を決意した理由.. それは高齢者や情報弱者を置いてけぼりにするテクノロジーの進化を許す社会への怒りのようなものだった。
若くて健康な人だけが便利さを享受する世界、おかしいやん!って。
高齢者向けとされる製品は、文字が大きく、ボタンが大きく、機能が少なく。
デザイン的にも???
年取ったんだから、しょうがないやん、これでも使っとけば? と製品がうっすら笑ってるような。

1年前、ダイキン工業の方が関西からはるばる研究室を訪ねて来てくれた。
うちの会社なんて、ダイキンさんに比べたら、巨像とミドリムシ、ピラミッドと砂粒のようなもの。緊張した。

でも、びっくりした。話をしているうちに、初対面なのに、考えている方向性が同じだった。
”人に聞かずに使えるリモコンを作りたい” 

機械操作が苦手な人が楽に使えるリモコン
苦手な操作をそっとカバーしてあげるような
真に使う人の目線にたった製品を作りたい

プロジェクト途中で、震災が発生、また今までとは全く違った製品を生み出す苦労、決して容易なものではなかった。
調査、実験検証、いくつもの階段を乗り越えて出来上がった、新型リモコン。
最終検証は眼球運動測定。 機械操作が苦手な方がすいすいと操作をこなしていく。
背中が粟立つのを感じた。

仕事をさせていただいたから言う訳ではないが、ダイキン工業のものづくりは素晴らしい。
何がこんなにも彼らを動かすのだろうか。
その目線の先には、使う人 がいる。

先日、ダイキン社の空気清浄機が回収されるという出来事があった。
あるカスタマーのツイート。
  ダイキンの空気清浄機リコールも、使用者が喫煙所で手入れもせずに使い続けたのが問題らしい。
  17万台中2台。それで最新機種との無償交換とは…。
  カスタマーを想う企業姿勢、どこぞの企業も政治屋も見習って欲しいもんだ。
同感だ。

無事に製品発表も終わり、ほっとしているところです。
千葉市の熊谷市長も会見、製品への感想をブログで書いて下さった。
http://kumagai-chiba.seesaa.net/article/251464728.html#comment

私が一生を終えるとき、このプロジェクトが頭をよぎると思う。
素晴らしい人たちに支えられ、想いのこもった製品作りのお手伝いが出来た事、感謝します。
製品発表の夜、犬の散歩をしながら、少し涙が出た。
文化祭が終わったような寂しさ、祭りの後の寂しさ。

新しい扉が開かれる瞬間に立ち会う事が出来た感動。

しあわせだった。

15年