2014年7月8日火曜日

明ちゃん

私が出た高校は、福岡の田舎にあるものの、そこそこの進学校でした。

親戚の明ちゃんはその高校の2学年上。
当時、絶対に東京の大学に行く!と息巻いていた私にとって、
地味で大人しい明ちゃんと親しくなる事はありませんでした。

その後、明ちゃんは実家の酒屋を継ぎ
私は精一杯背伸びをして、田舎者である事を悟られないように、無理して都会の生活になじもうとしていました。

当時、上昇志向の固まりだった私にとって、田舎で酒屋を継ぐ明ちゃんがどうしても理解できなかった。

明ちゃんの穏やかな優しさが理解できるようになったのは、ここ数年のことです。

田舎に帰った時、遊びに行くと、
 ”好恵ちゃん、お世話になった人にあげたらいいよ!” 
と、入手困難なお酒を持たせてくれて...起業して苦労している私を心配してくれたのだと思います。

東京に戻る時、重い荷物を持って、高速バスの停留所まで送ってくれたり。
お酒の配達で日焼けした、優しい笑顔が、都会の生活に戻る私に力をくれました。
同時に、後ろ髪を引かれるような思いでした。

明ちゃんに重い病気が見つかって、余命宣告。

”あと5年はどうしても死ねん” と頑張ってくれたね。
闘病中も、趣味のカメラを楽しんだり、地域の行事に参加したり。
有名な酒蔵を訪ねて、珍しいお酒を売る権利を得たのも、明ちゃんの人柄だったと思う。

明ちゃんは強くて、優しくて、不器用で、心が綺麗だった。

昨夜、天国に旅立ちました。
明ちゃんという人間が、真面目に、懸命に、与えられた人生をまっとうしたことをどうしても書きたかった。

明ちゃん、ありがとうございました。









2014年7月1日火曜日

Asia Pacific Family Medicine誌 年間最優秀論文賞受賞



弊社技術顧問の千葉大学大学院日比野治雄教授が著者のひとりとしてWONCA-Asia Pacific (世界家庭医療・総合診療学会アジア太平洋地区) の公式学術誌Asia Pacific Family Medicineに発表した下記論文が,The 4th Lyn Clearihan Award (年間最優秀論文賞) を受賞しました。
日本人の研究者が受賞したのは初めてだそうです。
Aoyama, I., Koyama, S. & Hibino, H. (2012). Self-medication behaviors among Japanese consumers: sex, age, and SES differences and caregivers’ attitudes toward their children’s health management. Asia Pacific Family Medicine, 11, 7. (11 September 2012) 
この論文は下記にてご覧いただけます。
http://www.apfmj.com/content/11/1/7/
日比野先生、青山先生、小山先生、おめでとうございます! 






2014年6月9日月曜日

6月の緑 溢れる中

娘が結婚しました。
6月の優しい雨に包まれて、木々の緑が綺麗な一日でした。

お祝いに駆けつけてくださった皆様
これまで二人を支えてくださった皆様
心より感謝申し上げます。


会場には、娘の小学校時代の友人の姿も。

”お誕生日会ではお世話になりました”って。

誕生会で、お菓子の取り合いをしていた小さな男の子や女の子だったのに...
優しく、立派に成長して、母親の私を気遣ってくださる姿に、号泣

”お母さん、ここ、泣くとこじゃないですからっ” って笑われました。


会場である自由学園明日館は、大正10年に羽仁吉一、もと子夫妻が創立した自由学園の校舎として、フランクロイドライトが設計、今では重要文化財に指定されています。


永遠に続くこの場所で皆さんにお祝いをして頂いた二人

世の中には様々な価値観が溢れているけれど
信頼しあって、手を取り合って生きて行くことは、とても尊いものだと思います。

二人のハンドメイドのグラス
たっくんママお手製の編みぐるみ♩
一人娘がかっさらわれた(笑)寂し〜い我が家での新戦力になりそうです!

たっくん、なうちゃん
しあわせになってね。




2014年4月29日火曜日

菊川怜さん...そしてG1ベンチャーサミット

ある方の紹介で、G1ベンチャーサミット に参加してきました。


http://g1summit.com/g1venture/program.html


完全招待制  かつ G1サミット と検索すれば、安倍総理のビデオメッセージが流れるという権威ある会議らしい。

しかし、29日 祝日の朝9時〜夜9時までという長丁場
一日中寝ていたいよう〜と泣きながら、でも
何とか着替えて靴を履いて(笑)、電車に乗って、
栄養ドリンクを駅で立ち飲みして(当然腰に片手を当てて)
よろよろと会場へ..

びっくり。

隣の席には何だか見た事のある人...内閣官房副長官 世耕さん。
快く名刺交換してくれました。

オープニングスピーカーには、
今、日本で一番胃が痛んでいるであろう甘利経済再生担当大臣(笑) お疲れです!

小泉進次郎議員 若いのにオーラがあるなあ


ホリエモンも♩頭の回転の速さには驚きました

その他、アスリートの為末さん、サイバーエージェントの藤田社長、LINEの森川社長
有名企業の社長が、普通に勉強会に参加していました。

一番驚いたのは、菊川怜さん
プライベートで、勉強のために参加されたとのこと
透き通るような美しさ、しかもとても感じが良くて.....天は二物も三物も与えてるやん!!
一緒にお弁当を食べました♩

その後、ミッドタウンでの懇親会
(もうくたくたで、20分ほどで退散)

とても勉強になると同時に、弊社の事業のあり方を考えさせられた一日でした。
マネーゲームのような事業は、私には出来ないし、やりたくもないなと。

かっこ悪いかもしれないけれど、
コツコツと、社会に必要とされる仕事をしていこうと思いました。

日本が徐々に力を取り戻しつつあることを実感出来た一日でした。

ありがとうございました。



2014年3月20日木曜日

WEDGE 4月号に掲載 ”デザイン心理学で見える化”

今日発売のWEDGEに掲載されます。
ビジネストピックス ”デザイン心理学で進む見える化”。

http://wedge.ismedia.jp/category/wedge

2011年3月に千葉大学発 工学部初のベンチャーとして認定され、3年。

経営の知識も全くない女が、工学部で初めてのベンチャーを立ち上げようとしたこと...
我ながら向こう見ずだったなあ(笑)。
今なら周囲の当惑が理解できます。
当時は全くそれが理解できず、一人苦しんでいました。

あれから3年。

最初は、弊社の事業について話しても、
    ”意味がわからない” と言われ、叱られ続けました。

今回、WEDGEという雑誌に取り上げて頂いたこと、しんみり嬉しいです。

今までも、面白いベンチャーとして、何度かメディアに掲載して頂きましたが、今回はビジネストピックス。
目次にも出して頂きました。

考えてみれば、弊社は震災の苦しみの中でスタート

復興とともに歩き続ける事
ちっぽけな会社ですが、これが我々に課された使命なのかもしれません。

追伸
一昨日、高校時代3年間一緒のクラスで勉強した友人を亡くしました。
雑誌に掲載されたよろこびを書くのは、控えたほうが良いかもしれないと悩みました。
でも、彼なら一緒に喜んでくれただろうな。
彼が見たかったであろう、これからの人生の景色を彼の分までしっかり見て行く
一緒に走って行く そう思いました。








2014年3月11日火曜日

3年

叶えたい夢もあった...


花は咲く の一節

何の予告もなく断ち切られた人生。

生きている事がただただ申し訳なく
何も出来なかった自分が情けなく。

私は何を残せるだろう。

2014年3月2日日曜日

下町ロケット

ここのところ、ずっと本を読んでいなかった。
異常に忙しい日々が続く中、本を読む物理的な時間を確保するのも難しかったこともあるが、考える事が多すぎて、本を読もうという気にもならなかったというのが本音だ。

今日は雨で、予定していた事が出来なくなった。
ふとベッドの脇に、池井戸潤の『下町ロケット』が。
買ってはみたものの、なんとなく放っておいた本だ。

読んでみた。
止まらなかった。

町工場と巨大企業。
弊社は町工場にも及ばないほど小さな会社だ。
でも、クライアント様は90%以上が上場企業。
国の紙幣に関する仕事もした。

その中でわかったこと。

会社の規模は違っても、必ず心が通じる。

志。

これが同じであればプロジェクトは成功する。

詳細は書けないが、あるプロジェクトで、私は自分の能力、知識のなさを思い知らされた。
同時に、プロジェクト関係者から、あきれられ、嘲笑された。
そうしているうちに、時間との戦いの中で、当初思い描いていた方向とは違うものが出来上がりつつあった。
”仕方ない、標準以上のものは出来上がっているのだから、クライアント様もこれで満足してくださっているのだから...これで良しとしよう。”
”もういいじゃないか、頂く費用は同じ。ここで悪あがきをするのはやめよう” と自分に言い聞かせた。

でも...悪あがきをしてしまった。

電話を手に取り、関係者に
”私はいいものを作りたかった。本当に残念です....”
逆切れと受けとられても仕方ない言動だったかもしれない。
私の声は震えていたと思う。
私が電話をしたところで、事態は変わらない。
でも、ここで何もしなければ、これから先の会社経営もそうなってしまうだろうと何故か強く思ってしまった。

電話は終わった。
仕方ない...私の力不足だった。
電話をしたことを少し後悔した。

その数分後だった。
電話の相手から連絡が入り
”日比野さん、やっぱり僕もいいものを作りたい。出来るかどうかわからないけれど、今からでもやってみよう” と。

プロジェクトの間、近寄りがたくて、腹を割って話せる相手ではなかった。

何だかこんな事を書くと恥ずかしいのだが、その電話のあと、ずっと一人で泣いた。
30分以上、泣き続けた。
街を歩きながらも、思い出して泣いた。
夕ご飯を食べながらも、泣いた。

自分のふがいなさ
コミュニケーションをうまくとれなかったことへの後悔
頂く費用は同じ、それならあえて面倒な事をしない方が良いのではと一瞬でも思った自分への怒り

でもそれ以上に泣いたのは
”良いものを作りたい” という想いが一つになった事の感動だった。

結果的に、プロジェクトは、全員がこれ以上ないと思えるような成功で終わった。

最近、東京オリンピックを控えた経済効果なのか、アベノミクス効果なのか、今までになかった風を感じている。
新たなビジネスの話や、提携の打診が多くなって来ている。
ありがたいことだ。

下町ロケットを読んで、初心に戻れた気がします。

小手先のビジネスの知識なんかより(そんなもの最初から無いけど 笑)
私は自分が信じる方向に行こうと思う。
なぜ起業したのか、なんのために起業したのか、何を目指すのか
自分に問いかけながらやっていこうと思う。