2016年12月5日月曜日

2016 Busan International Art Fairに行ってきました

生まれて初めて韓国に行くよ! と友達に話したら...

全員が ”デモ?デモに参加するの?” だそうです。

そんなに血の気が多いのかっ?私。
日頃の行いを深く反省しました。


インターナショナルアートフェアに出席です


     到着後、1時間足らず...すでに釜山の街に溶け込んでます(笑)。


市場のおばちゃんとも、仲良しに
言葉は通じないけど、なんか気が合った気がする。
この後、タイが水槽から飛び出して、大騒ぎ
タイも私と似て血の気が多いのか...。


ウエスティンホテルにてディナー開始
シーフード美味しすぎです。

インドからはTVSモータース Venu Srinivasan会長が自家用ジェットで。
タタモータースの株20%取得 と、話題になったばかり。
マッコリが大好きらしい。


日本からはBBSTONE社長 エコノミークラスで
トヨタ自動車の株 0%取得
マッコリは少し飲める程度


オープニングセレモニー
釜山市長、ユニセフ関係の方、主催者であるK-Artの方など勢ぞろい

な、なぜかテープカットをする羽目に(汗)
人生初...おそらく最初で最後(笑)。

韓流ブームには全く心が動かなかった私。
冬ソナ、10分見て、自分には合わないなあと(笑)。

しかし人生は不思議です
”俳優さんみたいに渋い方だなあ” と思ったら、
韓国の国民的俳優(日本でいうと高倉健クラス)
アンソンギさんという方らしい。
ユニセフの親善大使のお仕事で、フェアに参加されていました



インドの環境省のお役人、K-Art 理事長 と会場で記念撮影
素晴らしいアートの結集 日本の作家の作品も
勉強になりました。


エイペック会場にも連れて行っていただきました。
海の向こうは、私の故郷 福岡!!
”おかあさ〜ん” と叫ばなかったのでご安心ください。



お土産まで頂いてしまいました。
なんと!!パククネ大統領も使っているという高級美容液
えっへん...これを使い終わることには、お肌すべすべに違いない。


大統領があんなことになってるし
飛行機怖いし
外食も苦手だし
日本人は嫌われてるかもしれないし...
正直、どうなるんだろうと不安を抱えての出張でした。

しかし...
また行きたい 来週でも行きたい💓

”気取らない文化”
何て居心地がいいんだろう

街で出会う人も、皆、あたたかくて親切で驚いた。
”日本が好き、日本語を勉強してる”

マスメディアで語られる状況とはなんという温度差!!

”キナ臭いこといろいろあるけど、関係ないよ、仲良くしよっ”て。

でもやはり日本に帰国した時、ホッとしました。
言葉が通じる安心感

ふと思った。

日本で生活する外国の方は、成田に降りたら異国の地の緊張感があるんだろうな。

いろいろ難しいことがあるかもしれないけれど
私は他国の文化、価値観を大事にしたいと心から思いました。

肌の色、国籍の違い いろんな人がいるから楽しい。
釜山の皆様、本当に有難うございました。
また絶対に行きます。

PS 帰国して体重計に乗ったら...が〜ん、食べ過ぎた!






2016年10月22日土曜日

富士通ピッチコンテスト

1014日(金)富士通アクセラレータプログラム第3
ピッチコンテストで優秀賞をいただきました。

書類・面接審査を通過した10社のスタートアップによるコンテスト。
今後、富士通と協業検討を行い、ビジネス創出に向けて取り組みます。
また、弊社は参加事業会社複数より協業のオファーをいただきました。




父の最期に会えないような働き方をして、このままで良いのか、悩んでいました。
生きていく上で、何が大切なのか、自問自答し、苦しんだ一ヶ月。

ある方が勧めてくださり応募したものの、心身ともに弱り切っていて...。

アーリーというより、いずれも実績があるベンチャーばかりだったので、書類審査や面接に通過することすら、考えていませんでした。

ましてや最終コンテストで優秀賞をいただけるとは(番外だと思っていたので、リラックスして、会場のウケを狙ったのが良かったのか 笑)






父のことを思い出すと、未だに後悔ばかりです。

しかし、今回の受賞は、父が“心配せんでいいばい。 頑張り!”と言ってくれているような気がしています。

心はまだヒリヒリ痛いですが、前を向こうと思えました。

背中を押してくださったFさん、お力添えをしてくださった関係者の皆様、懇親会であたたかいお声がけをくださった皆様、

本当にありがとうございます。

PS
ゴルフもしないくせに、富士通レディースカップのinvitation ticketを無理やりゲットしてごめんなさい!









2016年9月6日火曜日

会えるまでの時間

会えるまでの数時間
父のことを書こうと思う。

福岡の片田舎の酒屋の長男として生まれ、ずっとその地で人生を過ごした。

ささやかな人生だった

“お父さんはね、音楽大学に行きたかったんよ”

毎日重い酒瓶を車に積み、配達し、売り上げの心配をし.

そんな父から何度か聞かされた音大への夢

思春期特有の、父親嫌い病にかかった娘でも
独学でバイオリンを弾く父には一目置いた。

でも、父の哀しみには想いが至らなかった。


私は、とにかく田舎を出たい、都会で暮らしたいと
全てを振り切るように家を出、大学に進学し、結婚、カナダで暮らし、帰国

紆余曲折あって起業

自分のことしか考えずに生きてきた

父が何を考え、何を望んでいるのか、想いを寄せることもなかった

病床に伏せる父を見舞うとき
新幹線から見える富士山があまりにも綺麗で

そういえば父は富士山なんか見たことあるのかな と考えたとき
たまらなくなった。

父は夢を諦め、私にいろんな景色を見せてくれるため、
田舎で、酒屋を継ぎ、働いてくれたんだとようやく理解した。



その日

なんとか仕事を片付け、
看病で疲れた母と姉に代わって、私が病院に泊まり込もうと、
帰省の荷物をまとめていた時に電話が鳴った

病室で、父と生まれて初めて二人っきりでゆっくり話すことができると思ってた。

私が一方的に喋るしかないが
父が見たことのない景色を、少しでも見せてあげられるかもしれないと思った。

しかし電話が鳴った。

お父さん
ごめんね
間に合わんかった




全てが終わり
今ようやく、遺影の父と二人の時間を過ごしている

お父さん

姿はなくなったけれど、何も変わらない。

ずっと心の中で父は生き続ける。
不思議と寂しくはない。





ケチらないで、ストラディバリウス買ってあげればよかったね(笑)。